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釧路簡易裁判所 平成5年(ハ)588号 判決

原告

株式会社オリエントコーポレーション

右代表者代表取締役

新井裕

右訴訟代理人弁護士

稲澤優

被告

乙野花子

右訴訟代理人弁護士

今瞭美

主文

一  被告は、原告に対し、次の金員を支払え。

1  金五三万五七二七円

2  金一五万三七八一円に対する平成五年三月一〇日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員

3  金三万一七七一円に対する平成五年三月一〇日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員

4  金六万六四〇〇円に対する平成五年三月三〇日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員

5  金二八万三七七五円に対する平成五年三月一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(平成五年(ハ)第五八四号事件。)(以下五八四号事件という。)

被告は、原告に対して、金三三万六八〇九円及び平成五年三月一〇日から支払済みまで内金一七万四八〇〇円に対し年六パーセントの、内金一五万四二七一円に対し年29.2パーセントの各割合による金員を支払え。

(平成五年(ハ)第五八六号事件。)(以下五八六号事件という。)

被告は、原告に対して、金九万六八〇三円及び内金九万五三九〇円に対する平成四年一二月二九日から支払済みまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

(平成五年(ハ)第五八八号事件。)(以下五八八号事件という。)

被告は、原告に対して、金一一万七四〇〇円及び内金六万六四〇〇円に対する平成五年三月三〇日から、内金五万一〇〇〇円に対する平成五年三月一〇日からいずれも支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

(平成五年(ハ)第六二二号事件。)(以下六二二号事件という。)

被告は、原告に対して、金二八万三七七五円及びこれに対する平成五年三月一日から支払済みまで年18.25パーセントの割合による金員を支払え。

第二請求原因の要旨

(五八四号事件)

被告は、原告との間で平成三年一月九日締結したサンカード契約に基づき、次のとおりカードを利用した。

1  平成四年一〇月八日に加盟店トップほか一店から商品二点を合計一六万四〇〇〇円で買った。手数料合計二万〇六六四円

この立替金及び手数料の合計金の残額一七万四八〇〇円並びに期限の利益喪失の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

2  原告から、平成三年一二月二〇日から同四年八月二六日までの間に、合計四九万円を借りた。

この貸金の残元金一五万四二七一円、未払利息七七三八円及び期限の利益喪失の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める

(五八六号事件)

原告は、被告に対し、平成三年四月二六日に四〇万円を貸したので、残額九万五三九〇円、未払利息一四一三円及び期限の利益喪失の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

(五八八号事件)

1  原告は、被告に対し、被告が平成二年二月二五日に株式会社千松から買い、原告が立て替えた訪問着の代金五九万七六〇〇円の残額六万六四〇〇円及びこれに対する最終弁済期経過後の遅延損害金の支払を求める。

2  原告は、被告に対し、被告が平成三年八月二二日に太陽商事株式会社から買い、原告が立て替えた化粧品の代金八万二四〇〇円と手数料二万一〇一二円の合計金の残額五万一〇〇〇円及び期限の利益喪失の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める。

(六二二号事件)

原告は、被告に対し、被告が平成二年八月六日に株式会社札幌銀行から借りた三〇万円について、平成五年三月一日に被告に代わって同銀行に弁済した二八万三七七五円及び代位弁済日以降の遅延損害金の支払を求める。

第三争点

一本件貸付け及び立替えが、貸金業の規制等に関する法律一三条及び割賦販売法四二条の三によって禁止されている「返済能力を超えると認められる貸付け」及び「支払能力を超えると認められる割賦購入あっせん」に当たるか。

二右に当たる場合、被告に支払義務はないか。

第四争点に対する判断

一争点一について

証拠によれば、次の事実が認められる。

本件各契約締結時には、その前に締結された他の諸契約に基づく被告の支払が、いずれもさしたる遅滞なく正常に行われていた。被告は、五八八号事件のうちの訪問着の購入の時を除いては無職の主婦であったので、原告は、被告の返済能力の拠り所として夫の収入も調査しているが、妻の口頭申告によるだけで、所得証明書などを出させておらず、しかも単純年収額によっていて、手取り額では把握していなかった。右年収額は三〇〇万円又は三五〇万円と把握されていたが、実は手取り月額は十七、八万円、残業手当等を入れて二〇万円ぐらいで、ほかに二〇万円ずつ年二回のボーナスがあった。夫には、平成元年中に支払を終わった合計一七万円の割賦購入があるだけで、その後の購入、借入はなく、被告名義の購入、借入だけが増加していき、平成四年一一月を最後に支払を停止した。五八六号事件のサンカードローンは、他の債務が滞り原告の督促も厳しくなっていたときに、サンカード会員(五八四号事件)に対するダイレクトメートルの勧誘があったので、滞った債務の支払のために借りたものである。ただし、この申込みは、被告自身が富士宅建株式会社(従前は夫の勤務先として記載されてきた。)に勤務し、年収三五〇万円を取得しているという記載になっており(〈書証番号略〉)、原告の調査書類(〈書証番号略〉)にもそういう趣旨に記載されている。

別表1によると、被告の一箇月の本件債務支払額は、延滞債務支払のために借りたサンカードローンの契約締結直後の平成三年五月に一三万八六五六円と突出し、以後ほぼ同じ水準が続いた後、力尽きたかのように突然全件同時に支払を停止している。被告は、このサンカードローンの契約締結当時、多重債務が滞り原告の厳しい督促を受けていて、一時しのぎに契約したもので、このとき借りた金を含めた金策でしばらく持ちこたえたに過ぎず、夫の手取り月収十七、八万円からみて、この平成三年五月の一三万八六五六円は返済能力をはるかに超えていると認められる。このサンカードローンは、サンカード会員にダイレクトメールで送られてきた申込書に被告が記入して原告に送り返したものであるが、この申込書(〈書証番号略〉)には、本人の氏名、住所の欄に続いて前記のような勤務先、収入と昭和五七年入社の旨が記載されており、これは、被告が「無職の場合は夫の勤務先を書くように」との原告の説明に従って、この欄に書くものと思って記載したものと思われる。ところが、これを受けた原告の調査書類(〈書証番号略〉)には、それが被告の勤務先であるように記載されているところから考えると、被告が申込書の記入箇所を誤り、原告もその誤りに気づかず、記載どおりに被告に職業があるものと受け取って貸し出したようにも思われる。しかし、サンカードローン契約のもとになる三箇月前締結のサンカード契約までは、被告は無職の主婦で、前記勤務先、収入等は夫のものとして記載されてきているのである(〈書証番号略〉)。また、サンカードローン契約の信用調査票である〈書証番号略〉を見ると、被告の勤務先欄には勤続九年とある一方、利用状況欄には被告は主婦、夫は富士宅建勤務となっている。これらを照合すれば、原告は、被告の富士宅建勤務の記載は夫の職業を書く欄を誤ったものと容易に気づいたはずであり、気づかなかったとすれば、原告の調査及び貸出手続きは極めてずさんだったと言わざるを得ない。なお、サンカードローン契約の四箇月後に締結された五八八号事件の化粧品立替契約の信用調査票(〈書証番号略〉)は、再び被告が主婦、夫が富士宅建勤務のサンカード契約以前の形に戻る一方、利用状況欄の被告には富士宅建の付記が加わっている。同じ客に対する連続した契約についての信用調査票の記載として一貫性がなく、十分な調査が行われていたかどうか疑問がある。このサンカードローンの貸付けが、被告の返済能力を越えた貸付けになったと認められるのであるから、原告には、この過剰貸付けにつき過失がある。

手取り月額一七万円から二〇万円の夫に、妻名義の借財だけで月額一三万円以上もの負担がかかる場合には、返済能力を調査し直す必要があると解すべきである。夫の稼働収入も、妻の家事労働等の協力のもとに得られるものであることを考えると実質的に夫婦の共有財産ということができるし、夫の同意の上で妻名義で借りることや、妻の個人的借入の返済に夫が協力することもあり得るから、妻に購入あっせんや貸付けをするに際し夫の返済能力を当てにすることを一概に否定することはできない。しかし、妻への貸付けに夫の返済能力を当てにすることが許されるとすれば、それは、夫を保証人や連帯債務者とみるのと同じことになるわけであるから、夫の黙示の承諾を推定できる場合でなければならない。本件のように、夫に取引がないのに、妻の取引が次々と増えていき、妻の取引の一箇月分の返済だけで夫の手取り月収の半分から三分二以上を占め、生活費として残されるのが四、五万円というような状態になる前に、夫の確認を求めるべきである。そうしなければ夫に対する不法行為になるかどうかは別としても、少なくとも、サンカードローン(五八六号事件)の契約締結時には、夫の黙示の承諾の推定に重大な疑問が出てきているのであり、この段階で夫の確認を求めるなどの手段を採っていないということは、借主の返済能力の調査に重大な手落ちがあったと言わざるを得ない。また、上記契約締結時に、原告が、被告に年収三五〇万円の職業があると信じていたとすれば、原告の信用調査及び貸付けの手続きに重大な過失があると解すべきであることは前記のとおりである。

原告の返済能力調査の方法についても、少なくとも、年間収入から返済可能な金額を把握するためには、手取り収入の調査が不可欠と思われるのに、その調査がされていない点は疑問である。また、支払がさしたる遅滞なく続いている段階では返済能力上の疑問点を発見できないという原告の信用調査システム自体に問題がある上、支払が正常に続いている以上は返済能力に問題がないとする営業姿勢も疑問である。債務者が多重債務を返済するために新たな借入に走ることは、取引上公知の事実であるから、従前の支払が正常に行われていることをもって返済能力に問題なしとするのは正しくない。

以上の次第で、本件は、別表1の平成三年四月二六日の五八六号事件の契約の時点で返済能力を超過していたものと認める。原告は、同契約締結時点では返済能力超過の認識がなかったと認められるが、前記のように原告の返済能力の調査方法及び返済能力に対する判断に疑問がある上、本件取引は、被告と他社の取引を取り上げるまでもなく、原告と被告の間の取引だけで、月収手取り一七万円から二〇万円程度の通常の家庭に対するものとしては異常の高額に上っており(別表1)、無職の主婦ということから考えて、その返済能力に多分の危惧の念を抱いてしかるべきものであったから、原告には、被告の返済能力につき重大な調査不足又は判断の誤りがあったと言わざるを得ない。

二争点二について

貸金業の規制等に関する法律一三条及び割賦販売法四二条の三の過剰貸付け及び過剰販売(以下、過剰貸付け及び過剰販売を一括して「過剰与信」という。)の禁止についての法規制は、過剰与信の要件表現が抽象的にとどまったその規定の体裁からいって、また、その違反について罰則規定も設けられなかったことからいって、訓示規定的なものと解されている。したがって、右各規定に違反する行為がなされたからといって、それが直ちに不法行為となったり契約が無効になると解するのは困難である。しかし、法形式がそうなったのは、いろいろな形態の取引について一律に過剰与信の要件を定める立法技術上の難しさによるものであって、過剰与信自体を禁ずる国家意思が確定的なものであることは、大蔵省等の通達で基準を示したりしていることからも明らかである。したがって、この法規制に何らの法的意味がないと解することはできない。たとえ訓示規定であるとしても、これに対する違反の程度が著しい場合には、国が右過剰与信禁止規定を設けた趣旨は、信義則違反あるいは権利濫用の判断、更には公序良俗違反の判断を根拠づける重要な要素として働くと考えられる。前記過剰与信禁止規定は、事業者が営業の自由を一〇〇パーセント駆使して与信を行っている状況下では、いかに債務者の自覚を求めても過剰与信に基づく多重債務者の発生、増大を防ぐことができないことから、債務者とその家族あるいは同一家計内にある者に対する保護及び社会防衛のため、契約自由、営業の自由の制限として設けられたと考えられる。すなわち、事業により利潤を収得する者は、同時に、取引システムの維持又は健全化のため必要とされる負担を引き受けるのが相当であるとの公平原理の観点から、あるいは、取引において事業者と対立する公衆の正当な利益を保護する観点から、事業者に、社会的責任に基づく義務であるとともに取引関係上の相手方に対する信義則に基づく付随義務でもある注意義務を課したものと解する。

被告は、「原告は、無収入の被告に対して、客観的に支払能力を超えることが明らかな契約を締結したものであり、これは、自然債務と目されるべきものであり、被告には支払義務はない。」と主張する。これは、返済能力を超える部分は過剰与信に相当し、もともと事業者において回収が困難であることを予測して行った与信とみるべきであるから、自己責任の見地からいって不利益は事業者が負担すべきものとする趣旨では相当であるが、他方、返済能力を超えることが明らかな契約を自ら承知の上で締結し、それにより経済的利益も収受した被告に、支払義務が全くないとするのは相当でない。被告は、意思自治の原則からいって当然支払義務を負うべきである。しかし、国が事業者に向けて特別に規定を設けて禁止した過剰与信が、現実に生じた場合に、債務者の返済能力を超えるかどうかについての調査や判断に重大な誤りがあった事業者が、法の力を借りて債務の全額の支払を債務者に求めるとすれば、信義誠実の原則に反し権利の濫用に当たると解すべきであり、信義則を適用して事業者の請求することのできる範囲を限定するのが相当である。その範囲を定めるについては、契約締結の態様によりいろいろな段階が考えられるであろうが、現代取引においては契約自由、意思自治が原則であり、過剰与信の法規制はこれに対する制限であるという前提に立って、信用調査システムの整備の実情や、過剰与信の法規制に対する事業者の自覚の現状などを総合して判断する必要がある。そして、本件事案における諸事情を考慮すると、原告が被告に対して請求することができるのは、過剰与信でないことが明らかな五八八号事件のうちの訪問着の取引と六二二号事件の取引については全請求額、その余の過剰与信と認める取引については各契約額の約四分の三の割合による範囲に限るのが相当である。この基準により、本件の過剰与信と認める取引について算定し、そこから既払額を控除した残額は別表2記載のとおりである。

(裁判官佐藤秀逸)

別表1オリエントによる乙野花子への融資分析(釧路簡易裁判所平成5年(ハ)584号・586号・588号・622号)

別表2

計算書

事件番号

債権種別

契約金額

契約金額の

4分の3

既払金額

残額

損害金の

始期、率

584号

立替金

184,664

138,498

9,864

128,634

5.3.10

6.0%

貸金

490,000

367,500

335,729

31,771

5.3.10

29.2%

(約定利率が利息制限法の制限を超えているので、利息は除外した。)

586号

貸金

477,327

357,995

377,970

支払分なし

支払分なし

588号

立替金

(3.8.22)

103,412

77,559

52,412

25,147

5.3.10

6.0%

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